研究内容・業績

『骨髄異形成症候群研究チーム』〜永田安伸〜

主な研究の要約

骨髄異形成症候群(Myelodysplastic Syndromes; 以下MDS)は造血幹細胞に遺伝子異常が生じることによりクローンが出現・増大する難治性の造血器腫瘍である。1近年、爆発する技術革新により網羅的な遺伝子解析が可能となり、がん化を直接促進する様々な標的が同定されている2, 3。MDSは非常に多様性に富んでいる。再生不良性貧血のような良性疾患と重複する性質を有するものから、白血病の前段階に相当するような悪性腫瘍の特徴を有するものまでを含む疾患である。同一の厳格な基準を用いた場合においても治療反応性や有害事象の重篤度、発症頻度などを事前に予測することが困難である。また、高齢者に多く発症するため今後の社会の高齢化に伴って患者数がさらに増加する。そのため、患者ごとに正確な予後予測を行う個別化医療の確立が求められている。副作用が少なく有効な治療選択が期待される。
人工知能、機械学習やビッグデータという言葉は様々なメディアで耳にすることが多いが、医療現場でどのように活用できるのかいまだ不明である。今後、これらの革新的技術を医療分野、特に血液内科の臨床レベルに落とし込み遺伝子異常の臨床応用をメインテーマに研究を遂行している。

1.骨髄異形成症候群における遺伝子異常と予後への影響

これまで我々のグループは次世代シークエンス技術の一つである全エクソン解析法を用いて解析を行った結果、RNAスプライシングに関わる遺伝子 (SF3B1, SRSF2, U2AF1, ZRSR2遺伝子)変異を高頻度に認めた4。本遺伝子異常は de novoに発生した白血病では低頻度であった。一方、MDSから移行した白血病では高頻度であったことからMDSに特異的な異常と考えられた。また、特定の病型とそれぞれの遺伝子変異には相関が認められた。MDSの一病型である鉄芽球性不応性貧血はこれまで発症の原因が全く不明であったが、本研究によりSF3B1遺伝子の変異が75%と極めて高頻度であることが明らかとなった (図1上)。本発見により2016年度の造血器腫瘍の分類 (WHO分類)が改定され、この遺伝子異常が分類の基準に加えられたため、造血器腫瘍研究において極めて重要な貢献となった。さらに特筆すべきはこれらの遺伝子変異がそれぞれ排他的に存在することであり(図1下)、スプライシング異常が強く病態形成に関わっていると考えられた。
これらの知見は、944症例のMDS症例における標的シークエンス法を用いたさらに高感度な手法により検証された。遺伝学的異常と病型や予後などの臨床情報との比較検討を行った結果、MDS全体の2/3にこの異常が認められ、SRSF2U2AF1変異が認められる群は有意に予後が不良であった5。そしてこれらの遺伝学的異常と既知の臨床因子を融合し、新たな予後予測モデルを確立することに成功した。これらの点が評価され、2013年日本血液学会学術集会にて1,357演題中、上位5位以内のプレナリーセッションに採択され、日本血液学会奨励賞の受賞につながった。

2.MDSにおけるクローン進化と機械学習による診断

MDSには平均して約10個の体細胞変異が存在するが、腫瘍化に直接かかわるような遺伝子異常が腫瘍細胞に複数個共存しており、同一患者の腫瘍内における不均一性の存在を考慮すると、個々の遺伝子変異の腫瘍発症への役割を同定するのは容易ではない。クローン進化の多様性はMDSの特徴であるが、クローン構造が遺伝子  変異の獲得とともに経時的にどのような変化を及ぼし腫瘍化するのか詳細は不明であった。
パイクローンと呼ばれる単一細胞シークエンス技術を用いて検証がされているクローン推定法を用いて1,809症例のMDSに対してクローン推定を行い、遺伝子変異の序列に関しての解析をおこなった6。次世代シークエンサーによる標的シークエンシングを行うことで3,971個の変異が同定され、これらがクローン構造の推定に用いられた。最も大きなクローンの形成に関わる変異をドミナント変異、それ以外の小クローンに関わる変異をセカンダリ変異と定義し、それぞれの変異がクローン進展とともにどのように腫瘍進展に関わるのか解析を行った。
結果として、i)サブクローンに変異を生じやすい遺伝子が存在する、ii) 初期と後期の遺伝子異常には特定のルールが存在する、iii)サブクローンにおきる遺伝子変異が予後を変える, ことを発見した(以下図2)。

芽球数、異形成、鉄芽球の有無、細胞密度の評価、染色体異常の有無など複数の要因を組み合わせることによって、臨床学的にMDSの診断が行われるが、判定に苦慮する症例も少なくない。そのため、我々は細胞形態学と臨床的特徴を、全エクソームシーケンシングやターゲットシーケンシングを含む現在の分子遺伝学的アプローチと関連付け、機械学習を行いより高精細な診断を行った(図3)7。バイアスのかからない統計解析(クラスタリング)を行うことにより、独特の臨床的特徴を持つ5つの異なるMDS形態学的プロファイルを特定した。 低リスクMDS患者(これらの形態学的プロファイルのうちの4つに反映)は、ベイジアン機械学習手法による特定の形態学的プロファイルに関連付けられた8つの遺伝的特徴に分類された。これらのプロファイルの相関は検証コホートにおいても再現性が確認され、検証された特定の形態学的プロファイルと遺伝子プロフィルとの相関は有意に予後を層別化した7。

遺伝子解析依頼

造血器疾患における遺伝子解析の依頼は随時受け付けています。倫理委員会の書類が必要であれば共有できます。検体の送付先など詳細は研究責任者の永田安伸(y-nagata@nms.ac.jp)までご連絡いただけますと幸いです。大学院生、日本国内で研究を行いたい留学生など随時募集中です。

主な業績

1. Nagata Y, Maciejewski JP. The functional mechanisms of mutations in myelodysplastic syndrome. Leukemia. 2019; 33(12):2779–2794.
2. Nagata Y, Kontani K, Enami T, Kataoka K, Ishii R, Totoki Y, et al. Variegated RHOA mutations in adult T-cell leukemia/lymphoma. Blood. 2016; 127(5): 596-604.
3. Nagata Y, Narumi S, Guan Y, Przychodzen BP, Hirsch CM, Makishima H, et al. Germline loss-of-function SAMD9 and SAMD9L alterations in adult myelodysplastic syndromes. Blood. 2018;132(21): 2309-2313.
4. Yoshida K, Sanada M, Shiraishi Y, Nowak D, Nagata Y, Yamamoto R, et al. Frequent pathway mutations of splicing machinery in myelodysplasia. Nature. 2011; 478(7367): 64-69.
5. Haferlach T, Nagata Y, Grossmann V, Okuno Y, Bacher U, Nagae G, et al. Landscape of genetic lesions in 944 patients with myelodysplastic syndromes. Leukemia. 2014; 28(2): 241-247.
6. Nagata Y, Makishima H, Kerr CM, Przychodzen BP, Aly M, Goyal A, et al. Invariant patterns of clonal succession determine specific clinical features of myelodysplastic syndromes. Nat Commun. 2019; 10(1): 5386.
7. Nagata Y, Zhao R, Awada H, Kerr CM, Mirzaev I, Kongkiatkamon S, et al. Machine learning demonstrates that somatic mutations imprint invariant morphologic features in myelodysplastic syndromes. Blood. 2020; 136(20):2249-2262.